1周年を迎えた今、自分自身に問いかけてみた
2026年7月29日、Ametiaraは活動開始から1周年を迎えました。
この1年間、楽曲を作り、イラストを公開し、小説を書き、ラジオやショート動画を制作し、グッズも作ってきました。
振り返ってみると、本当にいろいろなことをしてきたと思います。
一方で、活動を続けるほど、自分でも答えられない疑問が大きくなっていきました。
Ametiaraとは、いったい何なのか。
音楽を届けるためのプロジェクトなのか。
4人のキャラクターを知ってもらうための活動なのか。
イラストや物語を作るための創作なのか。
それとも、いつか収益を得るための副業なのか。
自分で始めた活動なのに、「Ametiaraは何を届けようとしているのか」と聞かれると、うまく説明できませんでした。
そこで1周年を迎えるにあたり、ChatGPTとの対話を通して、自分がAmetiaraをどう考えているのかを掘り下げてみることにしました。
これは、完成された理念を発表する記事ではありません。
Ametiaraを始めて1年が経った現在、制作者である自分が何を考え、何を大切にしているのか。
その答えを探した記録です。
Q. Ametiaraは、何を売っているプロジェクトですか?
最初に聞かれたのは、とても基本的な質問でした。
しかし、すぐに答えることができませんでした。
楽曲なのか。
キャラクターなのか。
イラストなのか。
世界観なのか。
どれもAmetiaraを構成する大切な要素です。
それでも、「これが中心です」と言い切れるものが見つかりませんでした。
これまでの自分は、何かを作ることばかり考えていました。
楽曲を公開したら、次は歌詞動画を作る。
イラストを投稿したら、次は小説を書く。
小説を書いたら、ホームページを更新する。
目の前の制作を続けることに精いっぱいで、それらを通して最終的に何を届けたいのかまでは、深く考えていなかったのだと思います。
Q. Ametiaraを続けている理由は何ですか?
最初に浮かんだ答えは、あまり格好のいいものではありませんでした。
「自己満足だと思う」
誰かを救いたい。
音楽で世界を変えたい。
多くの人に勇気を届けたい。
そのような立派な理念があって始めたわけではありません。
自分が作りたいから作る。
自分が見たいものを形にする。
Ametiaraの出発点は、間違いなくそこにあります。
ただ、質問を重ねていくうちに、「自己満足」という言葉だけでは説明しきれない気持ちがあることにも気づきました。
Q. もし10億円が当たったら、Ametiaraをどうしますか?
生活や収益の心配をする必要がなくなったら、Ametiaraをやめるのか。
自分の答えは、反対でした。
広告を出したい。
インフルエンサーに紹介してもらいたい。
もっとグッズを作り、できるだけ安く届けたい。
より多くの人にAmetiaraを知ってもらいたい。
お金が十分にあるから活動をやめるのではなく、むしろ今より大きくしたいと思いました。
この答えから分かったのは、自分にとってAmetiaraが、単なる収益手段ではないということです。
もちろん、活動を続けていくためには収益も必要です。
しかし、お金を得ることそのものが最終目的ではありません。
お金や時間の制限がなくなったとしても続けたい。
それどころか、その制限がなくなれば、もっと多くのことをしてあげたい。
自分はAmetiaraに対して、そう考えているようです。
Q. もし今後5年間、ほとんど収益が出なかったとしても続けますか?
この質問には、少し迷いながらも「続ける」と答えました。
今と同じ規模ですべてを続けることは、難しいかもしれません。
制作量を減らしたり、更新頻度を落としたり、活動を縮小したりする可能性はあります。
それでも、完全にやめることはしたくありません。
なぜなら、自分がAmetiaraをやめた瞬間、悠花、刹那、希愛、紫苑の4人の時間も止まってしまうように感じるからです。
現実には、4人は創作上のキャラクターです。
自分が更新を止めたからといって、誰かが本当にいなくなるわけではありません。
それでも、自分の中では、活動を終わらせることが4人の人生を終わらせることのように感じられます。
この感覚は、自分でも少し大げさだと思います。
第三者から見れば、理解しにくいかもしれません。
それでも、それが現在の正直な答えです。
Q. この1年間で、最も嬉しかった出来事は何ですか?
楽曲が完成した瞬間でも、再生数が伸びた瞬間でもありませんでした。
最初に浮かんだのは、Ametiaraのアクリルスタンドが完成し、実物を手にしたときでした。
画面の中にしかいなかった4人が、現実の物として目の前に現れた。
そのとき、Ametiaraが少しだけ現実の世界に近づいたように感じました。
もちろん、楽曲が完成したときも嬉しいです。
小説を最後まで書き切れたことも、大きな達成感がありました。
しかし、最初にアクリルスタンドが浮かんだことには、自分でも驚きました。
自分では音楽活動を中心にしているつもりだったからです。
もし自分が本当に楽曲だけを最優先しているのであれば、一番嬉しかった出来事として、楽曲の完成や公開を挙げていたはずです。
ところが、実際に心に残っていたのは、4人の存在を現実に感じられた瞬間でした。

Q. もしAmetiaraから音楽がなくなったら、活動は続けますか?
答えは「続ける」でした。
音楽が作れなくなったとしても、小説を書くことはできます。
イラストを公開することもできます。
ラジオや日常の短い物語を作ることもできます。
4人が存在している限り、Ametiaraとしてできることは残っています。
では、反対に、悠花たち4人がいなくなり、楽曲だけが残ったらどうするのか。
その場合は、Ametiaraを続ける意味を失うと思います。
この質問によって、自分が何を中心にAmetiaraを考えているのかが、はっきりしました。
音楽があるから4人が存在するのではなく、4人が存在するから音楽が生まれている。
楽曲はAmetiaraにとって非常に大切です。
しかし、楽曲そのものがAmetiaraのすべてではありません。
小説もイラストもラジオもグッズも、4人を表現するための方法の一つです。
Q. 悠花、刹那、希愛、紫苑は、自分にとってどのような存在ですか?
自分の口から出てきたのは、**「娘のような存在」**という言葉でした。
もう一つ近い表現を挙げるなら、育成ゲームのキャラクターを育てている感覚かもしれません。
ただし、自分の都合に合わせて、自由に能力や進路を決めるという意味ではありません。
4人にはそれぞれ性格があり、家庭があり、過去があり、将来があります。
「こうした方が活動を続けやすい」という制作者側の事情だけで、4人の人生を決めることはできません。
Ametiaraを永遠に続けたいのであれば、4人をいつまでも大学生のままにしておく方法もあります。
後輩を登場させ、Ametiaraという名前を代々受け継がせる方法もあります。
大学卒業と同時に、物語を終わらせる選択肢もあります。
卒業後にアーティストとして活動を続ける道も考えられます。
しかし、4人全員が同じ未来を選ぶとは限りません。
むしろ、現在の設定から考えると、卒業後は別々の道を歩む可能性の方が高いと思います。
Q. 4人は、大学卒業後もAmetiaraを続けるのでしょうか?
悠花と刹那にとって、Ametiaraの始まりは高校時代の軽音部です。
悠花は兄の悠真に憧れ、バンドを始めました。
そのため、卒業後も音楽を続ける可能性が最も高いのは悠花だと思います。
仮にAmetiaraがグループアーティストではなく、個人アーティストとして次の段階へ進むのであれば、表に立つのは悠花になるかもしれません。
ただし、悠花が一人になっても活動を続けるのかは、まだ分かりません。
悠花にとって音楽は大切ですが、Ametiaraで4人と一緒に演奏することも、同じくらい大切だからです。
刹那の両親は、どちらも有名なバンドに関わる人物です。
家庭から音楽活動への理解も得やすく、本人に続ける意思があれば、卒業後も音楽を続けやすい環境にあります。
しかし、刹那がその環境だけを理由に活動を続けるとも思えません。
希愛は、刹那と一緒にいたいという気持ちから、Ametiaraに参加しています。
社会人になれば、仕事とバンドを両立するために、無理をするかもしれません。
刹那は、希愛が無理をしていることに気づいたら、見て見ぬふりができる性格ではありません。
自分が続けたいからといって、希愛に負担をかけ続けることは選ばないでしょう。
もしかすると刹那は、希愛が無理をしてまで参加しようとする姿を見て、自分から活動をやめると言い出すかもしれません。
逆に希愛は刹那には活動を続けてほしいと願うかもしれません。
紫苑には、将来ピアニストとして母親の後を継ぐ道があります。
その未来は、ほぼ決まっています。
紫苑は高校時代に悠花たちとバンドを経験し、クラシックピアノとは違う演奏の楽しさを知りました。
もっとバンドを続けたいと思い、大学でもピアノとAmetiaraを両立しています。
それでも、卒業後に本格的なピアニストとして歩み始めれば、今と同じ形でバンド活動を続けることは難しくなるでしょう。
紫苑がAmetiaraにいる時間は、永遠ではありません。
だからこそ、4人で活動できている現在の時間には意味があります。
Q. それなら、Ametiaraは「いつか終わるバンド」なのでしょうか?
まだ答えは決まっていません。
4人を卒業させず、大学生活を続けさせるかもしれません。
卒業後も、頻度を落としながら4人で活動する方法を見つけるかもしれません。
一度離れた4人が、何年か後に再び集まる可能性もあります。
悠花や刹那が別の形で音楽を続け、Ametiaraでの経験がそれぞれの未来につながることも考えられます。
後輩がAmetiaraという名前を引き継ぐ物語も、選択肢の一つです。
今は、どの未来が正しいのかを決める必要はないと思っています。
ただ、今回の対話を通して見えてきたことがあります。
Ametiaraは、永遠に同じ状態が続くことを前提にしたバンドではないのかもしれません。
4人には、それぞれ違う家庭があり、違う目標があり、違う未来があります。
そんな4人が、今だけは同じ場所に集まり、同じ音楽を演奏している。
Ametiaraは、それぞれ違う未来を持つ4人が、同じ夢を追うことのできる場所。
今の自分には、この表現が最も近く感じられます。
Q. 質問に答えただけで、本当にそこまで分かるものなのでしょうか?
対話の中で、ChatGPTからは「4人の人生を育てるプロジェクトなのではないか」という分析が返ってきました。
正直に言えば、最初は少し大げさに感じました。
いくつかの質問に答えただけで、自分でも考えていなかった活動の本質まで分かるものなのか。
今でも、その分析が唯一の正解だとは思っていません。
質問に答えたからといって、自分のすべてが明らかになるわけではありません。
ただ、答えの内容よりも、どの選択肢を自然に選んだのかには、自分の優先順位が表れていました。
お金があっても続けたい。
収益が出なくても、縮小しながら残したい。
音楽がなくても続けられる。
4人がいなくなれば続けられない。
一番嬉しかったのは、4人が現実の物になった瞬間だった。
4人の未来を考えるとき、活動の都合よりも、それぞれの性格や人生を優先している。
一つの回答だけでは、何も分からなかったと思います。
しかし、複数の質問に対する答えを並べると、繰り返し現れる考え方がありました。
質問によって何か新しい気持ちを植え付けられたのではなく、以前から自分の中にあったものが、言葉として表に出てきたのだと思います。
Q. もし悠花から「この活動に意味はあるの?」と聞かれたら、何と答えますか?
この質問に、自分はこう答えました。
「意味のないことなんて、一つもない」
作品を公開すれば、誰かが見てくれるかもしれない。
評価されることもあれば、何も反応がないこともあります。
思ったような結果につながらなくても、作った経験は残ります。
次の楽曲や小説、イラストに生かせるものもあります。
この答えに対して、ChatGPTから言われた言葉が印象に残りました。
それは悠花に向けた言葉であると同時に、自分自身に向けた言葉でもあるのではないか、と。
確かに、その通りかもしれません。
この1年間、思うように再生数が増えないこともありました。
SNSを更新しても、ほとんど見てもらえない日もありました。
グッズを作っても、売れないことがありました。
活動を続ける意味があるのかと、自分自身に問いかけたこともあります。
そんな自分に対して、
「意味のないことなんて、一つもない」
と言い聞かせたかったのだと思います。
1周年を迎えた今の答え
1年間活動を続けても、Ametiaraの存在理由を、まだ一言では説明できません。
「4人の人生を育てるプロジェクト」という言葉も、現時点で見えてきた一つの解釈です。
これが今後も変わらない最終回答だとは思っていません。
2周年、3周年と活動を続けていけば、別の答えが見つかるかもしれません。
実際に4人の物語を書き進めることで、今は考えていなかった未来が生まれる可能性もあります。
それでも、1周年という節目に、自分が何を大切にしているのかを少しだけ言葉にすることができました。
Ametiaraは、楽曲だけを届けるための活動ではありません。
悠花、刹那、希愛、紫苑。
4人が出会い、音楽を始め、悩みながら前へ進んでいく姿を、曲や小説、イラスト、ラジオ、動画、グッズなど、さまざまな形で残していく活動です。
4人がいつまで一緒にいられるのかは分かりません。
大学を卒業した後も活動を続けるのか。
それぞれの道へ進むのか。
一度離れた後、再び集まるのか。
まだ何も決まっていません。
だからこそ、4人で活動できている今を大切にしたいと思います。
そして、Ametiaraを見つけてくれた人には、楽曲だけでなく、4人が歩いていく時間そのものを見届けてもらえたら嬉しいです。
1年前、自分の頭の中にしか存在しなかった4人は、少しずつ曲になり、物語になり、イラストになり、現実の形にもなりました。
まだ小さな活動です。
思うような結果が出ているとも言えません。
それでも、この1年間に作ってきたものが無意味だったとは思いません。
この先、Ametiaraがどこまで続き、4人がどのような未来へ進むのか。
その答えは、これからの活動の中で探していきます。
Ametiaraを知ってくださった皆さん。
作品を見て、聴いて、読んでくださった皆さん。
1年間、本当にありがとうございました。
そして、2年目のAmetiaraも、どうぞよろしくお願いいたします。
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